「月を見つけたチャウラ」(ピランデッロ)

そのどれもが悲しみで彩られている

「月を見つけたチャウラ」
(ピランデッロ/関口英子訳)
(「月を見つけたチャウラ」)
 光文社古典新訳文庫

命令に従わない採掘工に
激怒した現場監督は、
逃げ出し遅れたスカルダ爺さんに
八つ当たりし、
徹夜の残業を命じる。
スカルダ爺さんはさらに
見習い工・チャウラに鬱憤を晴らす。
チャウラは夜の坑道の作業に
恐怖を感じていた…。

何とも重い物語です。
スカルダ爺さんは鉱山事故により、
息子と自身の堅めを奪われたのですが、
それでも妻と
残り6人の子どものために
働き続けているのです。
けして実入りのいい仕事では
ないでしょう。
そして彼自身、仕事を引退して
おかしくない高齢なのです。
それにこの仕打ち。
彼の生活が困窮していることの
記述はないのですが、
その様子がしっかりとうかがえます。

チャウラ少年もまた同様です。
着ているものはシャツ一枚。
彼の仕事は掘り出された鉱石を
背負って地上まで運ぶこと。
相当な重労働です。
彼もまた鉱山事故により、
夜の坑道に恐怖心を抱いています。
正確には、坑道を出たとき、
陽の光がないことに
恐怖を感じるのです。
そんな彼が夜間作業を
命じられたのですから大変です。

背負う荷の重さと恐怖に
押しつぶされそうになったチャウラは、
坑道の出口で
神秘的なものを発見するのです。
「光に満ち、ひんやりとした
 静けさの大海原のように、
 大きくて穏やかな「月」が、
 チャウラの目の前にあった。」

彼はそれまで月を見たことが
なかったわけではありません。
その存在を
気にもとめていなかったのです。
月は彼に限りない慰藉と
慈愛を与えます。
「あそこで、「月」が広大な
 光のベールをまといながら、
 空をのぼろうとしている。
 驚きに満ちた夜のなか、
 彼女のおかげで恐怖も疲労も
 感じなくなったチャウラが
 そこにいることも知らずに。」

読み終えると静かな感動とともに
例えようのない悲しみが
ひたひたと押し寄せてきます。
最後の場面が美しく彩られている分、
描かれている悲しい状況が
鮮明に感じられるのです。

作者ルイジ・ピランデッロは
硫黄鉱山を経営する
ブルジョワ家庭に生まれました。
しかし彼の鉱山は洪水に見舞われ、
一家は破産の憂き目に遭います。
妻は発狂、
息子は召集先で捕虜となり、
娘は自殺未遂を起こすなど、
その人生は決して
明るいものではありませんでした。
しかしそれによって
彼の作家としての眼は、
社会の底辺で生きている人間に
向いていったのかも知れません。

イタリアのノーベル賞作家
ピランデッロの作品は、
そのどれもが
悲しみで彩られています。
ぜひご一読を。

(2019.8.26)

Ahmed RadwanによるPixabayからの画像

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